【小説】ライオンハート (大人のためのメルヘン)
どうして?
いつもそう思っていた。 でもそんな風に思うのはいけないことだと、いつでも自分を諌めていた。 だってそう習ってきた。 「我々は勇敢でなくてはいけない」「戦うことを恐れてはいけない」「強い心を持って。困難に立ち向かってこそのライオンだ。逃げるなんて卑怯者のやることだ」・・・ 我々はまだ半人前のチビで力も弱いけど、たとえ今は辛くても、頑張れば立派な強い大人になれるのだ。自分で狩ができるようになる。 先輩達のように。 よし!頑張ろう! そうやって仲間と一緒に頑張ってきた。 しかし何かが違う。 走っても、仲間同士でじゃれ合っても、楽しくない。力に差がありすぎて、むしろ辛い。なぜ楽しいフリをしなければならないのだろうか。 狩の訓練はもっと苦痛だった。仲間は嬉々としてやっていた。うまくいっても行かなくてもこれが一番楽しい、生きているといういう気がする、と言っていた。 私は楽しくなかった。怯えて逃げ回るネズミやうさぎを必死で追いかけまわして、やっと捕らえてみると、絶望にみちた目をこちらに向けながら、それでもなんとか逃げ出そうと傷付いた体をよじって暴れるのだ。はっと手を離しそうになる。 しかし我々は、それを哀れんではいけない。 むしろその様子を蔑み、あざ笑わねばならないのだ。「みっともない」と。 「弱いということはみっともないことなんだ。我々は違う。我々は生まれながらにして強く、さらに日々鍛練してさらにもっともっと強くなれる、選ばれた種なのだ」 そう思わなければならないのだ。誇らしく胸を張りながら。 どうして私はそう出来ないのだろう・・・。 私にできるのはそのフリをすることだけ。 一心不乱に狩をやっているようなフリ、巣穴のそばでおどおどと落ち着かないそぶりのネズミをあざ笑うフリ、季節ごとに場所を移動する渡り鳥達を「根性のなし」と軽蔑するフリ。 仲間は日に日に狩の腕が上達していくというのに、私は成長するにしたがってむしろだんだん狩が出来なくなっていった。体もいつまでたっても小さいままだ。 共同体の中で、私の居心地はどんどん悪くなっていった。 役に立たない者と見下げられ、侮られ、えさも回ってこなくなった。 毎日へとへとだったが、それでもこの手でねずみやウサギや群れから離れた生まれたばかりのガイゼルを手にかけるよりははるかにマシだった。 空腹が辛くないわけじゃない。 だけどそれよりももっと辛いことがあるのだと、ああどうしてこれを誰にも言ってはいけないのだろう?誰も分かってくれないのだろう! 私は空腹を水でごまかそうとして水場に行き、こっそり草をはんでみた。 結構食べられるものだった。 その日私は決めた。 もうこれからは草を食べて生きよう、と。群れから離れよう・・・ そう心に決めたその瞬間、ぱっと閃いたことがあった。 もしかして・・・。 ためしに、思いきって毛皮をひっぱってみた。 ライオンの毛皮の下から、別の毛皮がのぞいた。 ライオンの皮はかぶりものだった。 私は、別の動物だったのだ! なぜ私がライオンの群れの中にいたのかは分からない。 しかし今や私は、ライオンの呪縛から逃れ、ようやく本来の自分として生きられるのだ。 ねずみでもうさぎでもいい。 弱い小動物。かまわない。 だってそれが本来の自分なのだから、ありのままに生きるだけだ。 私は被り物の毛皮を投げ捨て、一目散に駆け出し、巣穴を掘り、堂々と草をはんだ。 遠くでライオン達が「弱虫の卑怯もの。隠れてばかりいないで、かかってこい!」などとバカな挑発をしている。 バカな話だ。 ライオンに素手で立ち向かううさぎがどこにいるか。うさぎはうさぎのできる最善の方法で、身を守るだけだ。警戒を怠らず、危険に近付かず、もしそれでもライオンが狩をしかけてきたら、全力で逃げ出すだけのことだ。 おびえて暮らす。なるほど、そうとも言える。 それでもライオンのふりをして勇敢を強いられる苦しさにくらべればなんでもないことを、真のライオンにはきっと理解もできないことだろう。 私は深く掘った巣穴のすぐそばで、今日も満足して草をはむ。 これからは堂々ライオンに怯えながら暮らす。自分を偽ることなく。 もう生きることに辛くない。
by wakanamei1
| 2006-05-27 22:03
| 小説
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