若菜メイの文章倉庫

【小説】大気都比売命おおけつひめのみこと

.・・・それで世界じゅうは、やっと長い夜があけて、再び明るい昼が来ました。
 神々たちは、それでようやく安心なさいました。そこでさっそく、みんなで相談して、須佐之男命(すさのおのみこと)には、あんなひどい乱暴をなすった罰として、ご身代をすっかりさし出させ、そのうえに、りっぱなおひげも切りとり、手足の爪まではぎとって、下界へ追いくだしてしまいました。
 そのとき須佐之男命(すさのおのみこと)は、大気都比売命(おおけつひめのみこと)という女神に、何か物を食べさせよとおおせになりました。大気都比売命(おおけつひめのみこと)は、おことばに従って、さっそく、鼻の穴や口の中からいろいろの食べものを出して、それをいろいろにお料理してさしあげました。
 すると須佐之男命(すさのおのみこと)は大気都比売命(おおけつひめのみこと)のすることを見ていらしって、
「こら、そんな、お前の口や鼻から出したものがおれに食えるか。無礼なやつだ」と、たいそうお腹立ちになって、いきなり剣を抜いて、大気都比売命(おおけつひめのみこと)を一うちに切り殺しておしまいになりました。
 そうすると、その死がいの頭から、かいこが生まれ、両方の目にいねがなり、二つの耳にあわがなりました。それから鼻にはあずきがなり、おなかに、むぎとだいずがなりました。
 それを神産霊神(かみむすびのかみ)がお取り集めになって、日本じゅうの穀物の種になさいました。
 須佐之男命(すさのおのみこと)は、そのまま下界へおりておいでになりました。
(鈴木三重吉「古事記物語」)


私は、かなりのおばあちゃん子だった。
幼い頃の幸せな記憶を掘り起こそうとすると、いつでも真っ先に思い浮かぶのは近所に住んでいたおばあちゃんの顔だ。
キャリアウーマン第一世代で研究職としてのキャリアを何よりも大事にし、産むだけは産んだがその後はわが子に対して徹底的に無関心だった私の母は、私にとってもとても存在感の薄い人間だった。大人になった今でも顔を思い出そうとしてもぼんやりとした輪郭しか浮かんでこない。
母が家事をしていた姿は少しも思い出せない。
掃除は週1回、ハウスクリーニングサービスの人が来て、無言で家中をぴかぴかに磨き上げ、終わるといつでも独り言のような小声で「終わりましたー。ありがとうございましたー」とつぶやいて出て行っていた。
洗濯はこれまた出入りのクリーニング屋が週1回大袋に入った汚れ物を回収し、洗濯済みの服と交換して行った。おかげで家では子供用のウルトラマンパンツにまでぴしっとアイロンが掛かっていた。
多少の食料品やトイレットペーパー、ティッシュペーパーなどの日用品も、週に1回どこからかどかっとまとめて配達されて、玄関先に置かれていた。
父母の顔を見るのは、よほど運がよければ夜寝る前、それとコーンフレークと野菜ジュースが定番の朝食の席だけだった。
彼らは夜家で食事を取ることはほとんどなかった。
例えば朝使ったコップや皿を洗うとか、ゴミ出しだとか、多少はある家の雑用をやっていたのも、うちの場合は父だった。

両親と同じように私にとってもあの家は夜寝るためだけのもので、幼かった私にとっての家庭は、むしろおばあちゃんの家であった。
保育園のお迎えもおばあちゃんだったし、夕食を食べるのもおばあちゃんの家、名札を付けたり取れたボタンを縫い付けてくれるのも、お風呂に一緒に入るのも、おばあちゃんだった。
家では母に話すことなど何もなかったが、おばあちゃんには何でも話した。
初めて好きになった女の子のことを知っているのはおばあちゃんだけだったし、道で拾った財布を届けに交番に一緒について行ってくれたのもおばあちゃんだったし、しかし落ちているのが10円だったらそのままにしておくか募金箱に入れた方がいい、交番に持っていっても紙代の方が高くつくだけだから、などという実際的な話を教えてくれたのもおばあちゃんだった。
おばあちゃんはとてもおおらかで、物に動じない優しい人で、私は大好きだった。おばあちゃんがいるから、あの古くて狭い木造の家が、最新式の高層マンションの自分の家なんかよりもはるかに暖かくて居心地の良い場所に思えた。
それからおばあちゃんの作ってくれるご飯も大好きだった。
肉じゃがや、ひじき、にぼしの味噌汁、焼き味噌おにぎり、ヌカミソ漬けといった、昔ながらのくすんだ色のご飯が大好きだった。
私にとってのお袋の味は、間違いなくおばあちゃんの味だった。
いつでもおばあちゃんの後ろをついて歩いていたが、
「男子厨房に入らず。男の子は台所に入るもんじゃない」
と、台所の中にだけは入れてもらえないのは残念なことだった。
優しい人だったが、その点ではひどく古い価値観の持ち主だったようだ。その教育の賜物か元来まめな性質で家のこまごまとした雑用をこなす私の父も、料理だけはまったく出来ない。

小学校時代、私は「僕、おばあちゃんのうちの子だったら良かったのに」とよく言っていたものだ。
その度に父は複雑な表情をしていたが、母は「あんな狭い家、あなたの部屋も無いでしょ」と鼻で笑っていた。
確かにおばあちゃんの家は狭くて物が溢れおり、家中が物置のようで、大きくなるにしたがって文字通り身の置き所が無くなっていった。
中学生になると、宿題をするために腹ばいになることさえ出来なくなり、ご飯を食べたらすぐに家に戻るようになった。
そしてそのまま段々とおばあちゃんの家には行かなくなっていった。
中学生にもなれば遠足の弁当がコンビニ弁当であっても誰も気にも留めないし、小遣いは人よりは多めだったので、何の不自由も感じなくなっていたのだ。
自分の家にまったく愛着を持たない私は、おかげ様で人よりも早く自立心が芽生えた。
アメリカの高校に留学したのを機にそのままアメリカに残り、大学も就職もアメリカで、日本にはほとんど戻らなかった。
アメリカでは家族のことを尋ねられることも無く、人目を気にせず自由に気ままに過ごすことができたので、むしろ日本にいるよりも居心地がよくて望郷の念を覚えることが全然無かった。

優雅で気楽な独身生活を満喫し、長い間何の不満も無かった。

心境の変化が起こったのは、そう、初めて自分の髪の中に白髪を発見した時だ。それも束で。

そういえばおばあちゃんもこんな白髪の生え方だった・・・
そう思い出した時、自分はもう若くは無いのだと痛感し、唐突に「子供が欲しい」と思うようになった。

男が子供を持つためには、まず結婚しなければならない。

そこであらためてガールフレンド達を見渡してみると「もう結婚はこりごり」と言っているシングルマザーか、単身赴任でアメリカに来ている既婚のキャリアウーマンで、自分とはアメリカにいる間だけの割り切った付き合い、といった女性ばかりで、誰一人として私の子供を産んでくれそうな女はいなかったことに気付いた。

恋愛は結婚は別。

よく言われることだが、これほど見事に自分に当てはまるとは思わなかった。
これには我ながら少々ショックだったが、しかし自分は目標が定まればまっすぐに突き進む人間である。
「見合いをしよう」

決心した後は早かった。
自分の望みは結婚して子供が欲しい、というだけだったので、他の条件は一切つけずに見合いに臨んだということもあって、お互い結婚したいと思う者同士が出会う「お見合い」は実に無駄が無く、話はとんとん拍子に進んで行った。
「結婚」という一つの目的のために、予め相手に自分の手の内を見せ合うやり方は私の性にあっていたようだ。
子供さえ生んでくれたらいい、という私の条件の少なさに比べて、相手の女は
「アメリカで暮らしたい」「仕事はしたくない」「同居は絶対したくない」「煙草は大嫌い」「酒のみは嫌い」
等々色々と条件を並べていたが、どれも自分にとって問題の無いことばかりにだったので、これらの要求はこの結婚プロジェクトの妨げにはならなかった。

最初の出会いから半年後には、彼女の希望通りにハワイで簡単な式を挙げていた。

ハワイで数年ぶりに会ったおばあちゃんは一層年を取っており、私は胸が痛くなったのだが、おばあちゃんは私の結婚をそれは喜んでくれた。

私には「これからはお嫁さんがおまえの面倒を見てくれるんだね、お嫁さんを大切にね」、私の妻となった女性には「この子はね、和食が好きなんですよ。アメリカに住んでいますけどね。シャケとオカカのおにぎりが大好きで、食欲の無い時にはこれが一番なんですよ。覚えておいてね」などと細々と世話焼きなことを言い・・・後で私は妻に愚痴られたのだが・・・しかし年老いたおばあちゃんを喜ばせるという孝行ができて、私は嬉しいかった。

結婚してよかったと思った。

今思えばこの結婚式の時がこの結婚の絶頂期だった・・・。

一緒に暮らし始めてみると、この女ー絵美と言ったーとの生活には日に日に違和感を覚えるようになってきた。
自分は家にいる時間はそれほど多くないし、これまでの経験からどんな女とでもそこそこうまくやっていける自信があったのだが、絵美とだけはいつまでたってもどうにも波長が合わなかった。
アメリカ暮らしにこだわっていた割には英語は出来ず、しかも勉強しようという熱意もあまり感じられ無かった。それどころかそのうち「居ればできるようになると思ったのに」と私に愚痴りだす始末だった。「大人は勉強しないと上手くならないよ」と言うアドバイスにも、無表情に黙り込むだけだった。
車の運転もしようとはせず、買い物でも何でも私の運転を当てにし、私のいない間はずっと家に閉じこもっていた。
性質が内向きな分家庭的かと言うと、それもそうでもないように思える。
私にとって家庭の象徴はおばあちゃんであったが、それともほとんど重なるところがない。
絵美は料理が苦手だった。出される食事はすべて冷凍食品で、
「アメリカはこれが普通なんでしょ?」
と言って平然としていたが、こちらの常識に合わせているというよりは、手料理といえるものが何もできないようだった。
家の飾りつけにも一切興味がない。
2人で暮らすにあたってこれまでのフラットを引き払い、新築の広めのフラットに引越し、家に長くいる方がインテリアの方向性を決める方が良いだろうと思ってあえて最低限の家具しか入れなかったのだが、いつまでたっても最初の家具があるだけの、素っ気無い、無機質な部屋のままであった。
絵美に任せていては埒が明かない・・・と、やむなく私が選んで家具を入れると、あれはイヤ、これは趣味が悪いなどと文句だけを言う。
最悪である。
美点といえば綺麗好きである点くらいだった。
洗濯だけはまめにしていたし、よく手を洗っていた。始終カーテンやソファにファブリーズをかけて、衛生にだけは気を遣っていたようだ。
しかしそれだけだ。
外にも出ず、家事もほとんどせず、これと言った趣味も無く、一体一日何をして過ごしているのかと思えば、どうやら一日の大半をネットゲームで過ごしているのだということがしばらくしてから分かった。
初めは私には隠れてやっていたのだが、休日私が一日家にいたら、うろうろと落ち着かない風情で家中を歩き回り、やがてベッドルームにノートパソコンを持ち込んで内側から鍵をかけ、中からゲーム音楽が響いている、ということが度重なるようになって、ようやく絵美がゲーム中毒であることが発覚した。
私に指摘されてからは隠れず居間でやるようになったが、画面をちらっと覗いただけでも相当長期間やりこんでいるらしい様子がありありと見て取れた。
昨日今日に始めたレベルではない。
水を向けると楽しそうにゲームの世界の話をノンストップで語り、私にもやらないかと勧めてきた。まったく興味が無いと言っても聞かないので、はっきりと「こんなものは時間の無駄だと思っているから」と言ってやると、また無表情に黙り込んだ。

引き篭もり・・・。

私は引き篭もりを一体引き取ってしまったようだ。

後悔してももう遅かった。
道理で絵美の両親が入籍前は腫れ物を触るように自分に接し、入籍の報告の時には満面の笑みを見せたはずである。
釈然としない思いが生じ、絵美との間にぎくしゃくとした空気が流れるようになり、「リセットするなら今のうちか」と思い始めた頃、絵美の妊娠が発覚した。

私の希望がかなったわけだ・・・。

さて、妊娠してからの絵美は変わった。

増長の一途を辿ったのだ、私から言わせれば。
私への遠慮や気遣いが一切無くなり、やりたい放題、言いたい放題となった。
何より私が一番驚いたのは「日本で暮したい」と言い出したことだ。
初めは出産は日本で・・・という意味くらいに思っていたら、そうではなく、もうアメリカは嫌だ、妊娠を機にこちらの家を引き払って日本に戻って暮したい、という。
仕事はどうするのかと言えば「日本で転職すればいい」と言う。誰が働くと思っているのか。無茶苦茶である。
しかもこの無茶を本気で言っているのだ。
放っておこうと思ったのだが、マタニティーブルーというやつだろうか、やがて毎日のように大声で泣き叫び、手がつけられないほど暴れるようになった。
もともと物事が自分の思い通りに行かないと途端に不機嫌になる女ではあったのだが、妊娠後は歯止めがまったくきかなくなった。
私は恐ろしくなり、日本で出産したいのなら妊婦検診の頃から通った方がいいと強く勧めて、少し早いが絵美を実家に行かせようとしたのだが、ある日珍しく絵美が家にいないと思ったら、クレジットカードと有り金を持って、突然勝手に日本に帰っていた。

実家はつまらないから帰らない、とりあえずマンスリーマンションに入ったから出産前に早く来い、と言う。

本来ならたしなめてくれる立場であるはずの絵美の両親も、余程この娘を持て余しているのだろう、「結婚したからには2人で決めてくれ」と言って頑としてこの問題に関わろうとしない。

結婚は人生の墓場・・・

せめて墓の中は平穏であって欲しいものだ・・・
私はため息交じりに日本に帰る準備を進め、日本での職探しの目的も含めて、日本に一時帰国することにした。

今後のことを考え、余程暗い表情をしていたのだろう、機内で隣席の派手なスパンコールのついたカーディガンを羽織った自称占い師の初老の女に、荷物の上げ下ろしを手伝ってくれたお礼だと言われて手相を見てもらったら、にやりと笑いながら「おや女難の相?」などと言われた。
腹が立った。
二度と占い師に手のひらは見せない心に誓った。

絵美との再会もまた最悪のものであった。

絵美のいるマンスリーマンションに着き、部屋に足を踏み入れた瞬間から嫌な空気を感じた。
部屋の空気がやけに湿っぽく、かび臭い。
短期貸しの部屋はこんなものなのだろうかと思いながら、挨拶もそこそこに「空気がこもっているぞ」と居間の窓を開けようとしたら、絵美が叫び声を上げて私の腕にしがみついてきた。
「やめて!」
外の空気を入れると、部屋の空気が汚染されると言う。

私はぞっとした。

ーいつからそうなのか?
ー昔から。
ーアメリカでもか?
ーそう。でもあなたは何も言わなかったのに、何を今更言っているのか。
ーなるほど、アメリカは乾燥しているし、閉め切っていてもまあいいだろう。エアコンもかけていた。だがここは日本だ。カビが生えるではないか。そちらの方が不潔ではないか。
ー部屋が汚染されるよりはいい。
ーおかしいではないか。絵美だって外には出るだろう。それは良くて、家の空気の入れ替えは駄目と言うのはどういうことか?
ー・・・。
ーカビはいいのか。
ーそれはいい。

いいわけが無い!

かまわず窓を開けたら、絵美は金切り声を上げてピシャリと窓を閉じ、サッシの鍵を握りしめながら血走った眼でこちらを睨みつけてきた。

大変なことになってしまった・・・。

時を経れば経るほど「この女と一生を共にできるのか」という疑念が強くなる一方だったが、これはもう決定打だった。

絵美とはやっていけない。

だがどうしたらいいのか・・・。

この女のことなどどうでもいいが、腹の子供のことはどうすればいいのか。

考えれば考えるほど絶望的な気分になってきて、不覚にも涙が滲んできた。

子供のときは良かった・・・。
壁にぶち当たった時は、おばあちゃんに話せば大抵のことは解決した。

おばあちゃんに会いたい・・・。

いても立ってもいられなくなり、私はすぐにおばあちゃんに電話した。

おばあちゃんは私のただならぬ様子を即座に悟ったのだろう、すぐにこちらに来てくれると言う。絵美にも会いたいし、と。
私はおばあちゃんの気持ちが涙が出るほど嬉しかったが、当然のように絵美は面倒がり、初日だけ会って、翌朝からはしばらく実家に戻ると言う。

もちろん私の方に異論は無かった。

絵美がいない方がおばあちゃんと2人でゆっくり話ができて、かえって好都合というものだ。
私は一人で駅までおばあちゃんを迎えに行き、家までの道々に、ごく大雑把に、できるだけ控えめに今の状況を愚痴ってみた。おばあちゃんは時々相槌を打つのみでほとんど口を挟まず、黙って私の話に聞いていたが、最後に「それはちょっとよく考えないといけないね・・・」と呟いたのが聞こえた。
「綺麗好きなのはいいけれど、それはちょっとおかしいね」
「最近は変に神経質な人が多いというけど・・・」

今まで自分一人の胸にしまってきた鬱屈を受け止めてもらえたことが、私には嬉しかった。

それに人に話したことで、異常を異常と認識していた自分の感覚が正しかったのだと自分を納得させることができた気がして、それもとてもうれしかった。

やはり自分は間違っていない。

絵美がおかしいのだ。

絵美は予想通り、おばあちゃんに対して大層無愛想に対した。
だがおばあちゃんは素知らぬフリで、さっそく夕飯を作ってくれるという。
着いたばかりで年寄りをこき使うようで気が引けたのだが、おばあちゃんは最初からそのつもりで材料も多少持参してきたというし、実際のところおばあちゃんの手料理はとても食べたかったし、絵美の方も人が作ってくれるならいつでも大歓迎なので、結局強く辞退も出来ず、作ってもらうことになった。
さすがに悪いなとおばあちゃんと一緒に私も立ち上がったが、おばあちゃんは相変わらず「男は台所に入らない」と言って、一人で居間と一続きの小さな台所に入ってしまった。変わらないおばあちゃんの姿を懐かしく思いながら「じゃあ飲み物でも買ってくるよ」と絵美も誘ってみたが、絵美は疲れるから居間で座って待っているという。
私としても絵美と2人になるのは気詰まりだし、むしろ喜んで、一人で家を出た。
私抜きでおばあちゃんと2人きりの時間を与えることも良いかも・・・という計算が働いたこともある。
かなり時間を潰してゆっくり家に帰ってくると、驚いたことに、絵美の姿が見えない。
「あれ?絵美は?」
「なんか知らんけど、急に帰るって」
「帰る?!実家へ?今から?」
「さあ、よく分からんけど、急に大声上げて「こんなところにいられない!」って」

すぐに絵美の携帯電話に電話したが、部屋のどこからか着信音が鳴っているのが聞こえてきた。
わざと置いていったに違いない。
テーブルの上にはもう食事の用意がされていた。
私はおばあちゃんに対して悪くて仕方なかった。
2人向かいあって席につき、
「おばあちゃん、ごめんね」
と謝ると、おばあちゃんは眉をひそめながら
「言っちゃ悪いけど、あの子はやっぱりちょっとおかしいんじゃないかね」
と呟いた。
おばあちゃんのご飯はおいしかったが、食卓の雰囲気は沈みがちになるのはどうしようもなかった。
最低限の気遣いも出来ない女。私は心底腹立たしかった。

翌日、前日のやけ酒による二日酔いと激しい怒りが和らぐのを待ち、おばあちゃんが早めの夕飯の支度を始めるころ、私は絵美の携帯電話を手にベランダに出た。さすがにおばあちゃんにまで険悪な夫婦のやり取りを聞かせるわけにはいかない。
やはり絵美は実家にいた。
「何よ?」
第一声から絵美はけんか腰だった。
むかっと来た。腹を立てているのは私の方だ。
「何じゃない!どういうことなんだ?ワガママもいい加減にしろよ」
「ワガママ?」
「せっかくおばあちゃんが遠い所から来てくれて、夕飯まで作ってくれ・・・」
途端に絵美が金切り声を上げた。
「あんなもん食べられるわけないでしょ!」
その瞬間私は切れた。
「このビッチが!おまえのなんかよりもよっぽどうまいよ!」
さすがにこたえたのか、絵美は押し黙っている。
「もしもし?」
「あのばばあが作っているとこ、見たことあんの?頭おかしいんじゃないの?!」
捨て台詞とともに電話は切られ、おそらく電話線を抜いたのだろう、何度かけても誰も出ない。
私は絵美の携帯を叩きつけたい衝動をやっとこらえて、部屋に戻った。
「もうすぐできるから」
とおばあちゃんは台所から私に声をかけた。
「ああ」
私は何とか気持ちを落ち着かせようと、居間の椅子に腰をかけた。
絵美が座っていた座り心地の良い椅子だ。ふと目を上げた先には、姿見があって、台所にいるおばあちゃんの姿が映っていた。

ーあのばばあが作っているとこ、見たことあんの?ー

なるほど、絵美はここから覗き見したのか。
もちろん見たことは無いが、ばばあとは何だ・・・。

おばあちゃんはこの鏡に気付いていない。
「今日は簡単にしようねえ。味噌汁とおにぎりと漬物と。昨日の残りくらいで」
「ああ、もちろんいいよ。おばあちゃんのおにぎり、久しぶりだな。絵美は作ってくれなかったし」
「何で?」
「熱くて握れないってさ」
おばあちゃんは大きなため息をついた。
「若いもんはしょうがないねえ!ラップでくるんで作ったりするんだろ?テレビで言ってたよ。信じられないよ」
「そうだよね。・・・よく知らないけどさ」
あははと2人は笑った。
そう、おばあちゃんのおにぎりは手の形の残った若干いびつな三角形だったものだ。
昔ながらの、水で手を濡らしながらの・・・。
「テレビでも見ながらもう少し待っててな」
そう言って鏡に映ったおばあちゃんは炊飯器のふたを開け、ご飯の上に直接塩を振った。そして炊き立てのご飯の中に直接手を突っ込み、ごはんをひとつかみ掴んで握りだした。
すごい、水もつかわないんだ・・・
と感心したのも束の間、おばあちゃんは右の手のひらをべろりと舐めた。
握る。
べろりと舐める。
また握る・・・。
私は仰天した。おばあちゃんは汚れを舐めてきれいにするくせがあるらしい。
その上よくみてみると、握られたおにぎりは皿の上ではなく、調理台の上に直置きだ。
海苔を取り出す。
袋から海苔を出そうとして、過ってシンクの中に何枚か落とした。「おっとっと」と言いながら拾い上げ、何事も無かったようにおにぎりに巻いた。
冷蔵庫から野沢菜の入ったビニール袋を取り出す。上下逆に持ってしまったのか、びちゃりと全部床にぶちまけた。また「おっとっと」と言いながら野沢菜の束を拾い上げ、シンクの中に放り込む。
そしてまず台拭きで床を拭き、何度かシンクでその台拭きを絞り、それから野沢菜をシンクの中から取り出し、ごく軽く水洗いした後に、まな板の上に置いた。時々味見に刻んだ野沢菜をつまんで口に運び、また指を舐める。最後野沢菜の切れ端を近くのゴミ箱に放り込んだ。
が、その切れ端は、狭くて置くところが無かったのだろう、ゴミ箱のすぐ横に口の開いたまま立て置かれた米袋の中に、すぽっと収まった。
最後のダメ押しに、おばあちゃんは服の中に手を突っ込み、わきの辺りを掻き、指の匂いを嗅ぐしぐさをしてから、野沢菜を皿に載せ始めた・・・。

もう十分だった。
私は昔読んだ古事記の一節を思い出した。
今腰に剣が無くて本当に良かったと思いながら、私は強く拳を握り締め、まぶたをギュッと閉じた。

(377行×47=17,719字)
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# by wakanamei1 | 2008-04-20 23:26 | 小説

新アドレス

こちらに移動しました。

http://blog.livedoor.jp/wakanamei/?blog_id=555599
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# by wakanamei1 | 2007-09-18 19:33

7,8月のお題

7,8月の企画お題。

「空」
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# by wakanamei1 | 2007-07-29 06:42 | 小説

3,4月のお題

「別れor出会い」
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# by wakanamei1 | 2007-03-04 17:10 | 小説

1,2月のお題

1,2月「ゲーム」
2月「刻」
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# by wakanamei1 | 2007-01-26 16:31 | 小説

8月のお題

お題もの書き2006年08月テーマ企画
「祭り」
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# by wakanamei1 | 2006-08-27 21:57 | 小説

「流れる」(修正済1)

アイシャは、これまで流されるままに生きてきた。

その自覚はあった。

異国風の名前だが生粋の日本人である。
中近東によくある名前だと言うことは、ごく最近知った。
「しゃれた名前だね」と言われるたびに、複雑な気持ちになる。
あの大嫌いな母が、おそらくその時読んだ少女マンガにでも出ていた名前を、よく考えもせずにつけたに違いないのだ。
何か「これ」と言った望みを持ったことは、一度もなかった。
何もかもが「どうでもいい」というのが、偽らざる本音だった。

やりたいクラブ活動も無かった。
見たいテレビも無かった。
入りたい高校も無かったし、
なりたい職業も当然無かった。

携帯電話だってあっても無くてもどうでもよいくらいだったが、周りから理由を聞かれるのが面倒だから持っているだけだ。

けちのつきはじめは、生まれた時から。
あんな母親の元に生まれてきてしまったということが不運の始まりだった。
「子が可愛くない親などいない」というが、少なくともアイシャの母親はアイシャを邪魔にしていた。
忘れもしない、小一の梅雨時だ。
増水した川の中にアイシャは投げ込まれたのだ。
絶対に事故などではなかった。
橋の真ん中で母はあたりを見回した後、アイシャを持ち上げ、投げ捨てたのだ。

川の水は冷たく、濁流に飲まれ、水をたくさん飲みながら、その時「私は死ぬんだな」と思った。
しかし次に気づいたときには岸の草をつかんでいた。
アイシャはまだ泳げなかったが、川の流れが自然にアイシャを岸に運んだのだ。夜、ずぶぬれで家に戻ったアイシャに向けた母の顔は、はっきりと疎ましそうだった。

不幸な生い立ちの上に、無気力に流されるままに生きる女の行く道は知れたものだ。

誘われるがままに若さだけが売りの割のいい仕事をし、誘われるがままに男と寝、一番しつこかった男のものになり、そして男が去る。残ったのは幼い娘だけ。
困ったことにアイシャも我が子がまったく可愛いと思えなかった。
なんとこれでは母とまったく同じ・・・。
アイシャはここではじめて、自身に恐怖と嫌悪を覚えた。
児童虐待にやかましい昨今である。
アイシャは子供を、川に放り込む前に、県のサポートセンターに放り込むことにした。
やれやれこれで児童虐待でワイドショーから追われるはめになることだけは避けることができて一安心・・・
だが、川がセンターに変わっただけで、子供の方では自分はセンターに捨てられたのだと思うのだろうかと思うと、気が滅入った。

だが考えてもしょうがない。

そしてまたアイシャは結婚前のライフスタイルを戻ったのだが、若さだけが売りの仕事は、年をとった分だけ確実に割が悪くなっていたのであった。
アイシャから見れば2つ3つ年が違ったところで大した差はないように思われるのだが、男達にとってはそうではないらしい。羽振りの客はあまり当たらなくなった。
だがそんな中で一人、これまでとは毛色の違う男がアイシャの前に現れた。
決して高給取りというわけではないのだが、大学でアラビア語を身につけ、仕事で始終中近東を訪れているという男だ。
アイシャという「中近東風の名」にひどく興味を持ったらしい。
男は縁があるのだから次のシリア出張に一緒に行かないか、と誘ってきた。
シリアというのがどこにあるのかもアイシャは知らなかったが、元々誘われれば断れない性分だ。
それに一切の旅費を持つと言われれば、断る理由も無い。
なるほど確かに縁もあるのだから、と少々珍しい同伴旅行に出かけることにした。

夏のシリアは暑かった。

海外は、怪しげなグラビア撮影のためにサイパンに行ったことがあるだけで、中近東はもちろん初めて、どんな所かと思ったが、日本人があまり行かない珍しい場所というだけで、観光地として楽しいところでは大して無さそうだった。

この国の首都は暑く、
排ガス臭く、
乱雑に建ち並ぶ傾いたビル、
狭い道、
電車も地下鉄も無い。

移動は主にタクシーになるが、行くべき場所もほとんど無いのだ。
同伴相手の男の案内で、旧市街を一回りしたらもう見るべき場所はどこにも残っていなかった。
デパートも無い都市がこの世にあるとは。
男が仕事に出ている昼間は、ホテルのカフェでコーヒーを飲むくらいしかやることがないのだ。
ミネラルウォーターのペットボトルが日本円で30円と、物価はべらぼうに安かったが、実際金の使いみちが無いのでその旨みがあまり感じられない。
実は飛行機代以外は実に金のかからない、非常に安上がりな同伴旅行だったのではないか思うとありがたみも薄れてくる。
男も多少気がとがめるものがあるのか、夕飯はいつも比較的豪華なところに連れ出してくれた。
一度は高級ホテルのベリーダンスのディナーショーに行った。
偶然にも踊り子の名もアイシャで、
「ほら、言っただろ?こっちの名前なんだって!」
男はなぜか勝ち誇ったように自慢げで、うるさかった。
さすがにソロで人を集めるだけのことはあって、このアイシャは華やかで美しく、貫禄に満ちていて、踊りの良し悪しはよく分からないが、服装だけではなく人目を惹きつけて止まない自信とパワーが全身から溢れているのは分かった。
それがかえってアイシャには不愉快だった。
なぜ全然関係ないはずの踊り子に、引け目を感じなければならないのか。

男にはアイシャの不機嫌の理由は理解できなかったようだが。

不愉快な気分なまま男とともにホテルに戻り、アイシャは薬を飲んで寝てしまった。
そして起きた時には、男はもう商談に出ていなかった。
一晩寝ても気分は直らず、当り散らす相手がいないことが、一層アイシャの苛立ちを助長した。
どのみちイライラするのなら、外に出た方がマシな気がしたので、「地球の歩き方」片手に散歩に出ることにした。

外はやはりただむやみに暑く、
排ガス臭く、
乱雑に建ち並ぶ傾いたビル、
狭い道、

数少ない木陰にはかならず何者が元気無くうずくまり、
日向にはなぜか、体重計を前に置いて少年たちが点々とうずくまっている。
あの体重計に一体誰が載るというのか、初めはおかしかったが、少年たちの痩せ具合に気付いてから笑えなくなった。元気無くうずくまっている人の多さに気づいてしまうと、誰も彼もが自分のバッグを狙っているように思えてきて、思わず持つ手に力が入った。

町には川があるはずだった。
地図上ではまっすぐな線で描かれているから、運河ではないかと思われる。
子供時分に川で死に掛けた時からアイシャは川が大嫌いだったが、あまりの暑さからか、それともただ単にこの単調な町並みに飽きて変化が欲しくなったせいか、なぜだか無性に川の水が見たくなった。
アイシャは川があるであろう方向に向かって、歩き出した。

やがて目の前に、車道と車道に挟まれるように、まっすぐに続く堀のようなものが現れた。

しかし堀には近づけそうに無かった。
相変わらずの交通渋滞で、車列は切れ目無く、堀の側には歩道も見受けられない。
だが見られないとなると意地になってくる。

どうせやることもないのだ。

アイシャは歩道橋まで歩くことにした。
そこは思ったよりも遠く、ミュールのかかとが瑕だらけになりそうだったが、このぐらいはあの男に買わせればいいのだ・・・。
いよいよ歩道橋が近づいてくると、アイシャはどきりとした。
それはなんの変哲も無いただのコンクリートの橋だったが、そのやすっぽさ加減が、かつてアイシャが投げ捨てられたことのある橋とどことなく似ていたのだ。

ひびの割れ具合、塗装のはげ具合、荒っぽい造り。


因縁を感じずにはいられなかった。

生きていても、大していいことも無かった。
旅行に来ても、楽しいことも無く、見る所も無く、ミュールのかかとをダメにして忌まわしい橋まで歩いてきて、川を覗き込もうと言うくらい。
流されるままに生きてきて、何も自ら決断することもあがくこともなく、おそらく自ら死を選ぶまでもなく、きっと事故でこの川に落ちて終わりなのだろう。

それが自分の運命なのだろう・・・。

アイシャはふらふらと力なく階段を上って行った。
そして橋の上に立ち、
下を覗き込んだ。
すると・・・。

川は、
すっかり干上がっていた。

一筋の水も流れていなかった。
まさしく一滴の水も無かった。

痩せて、ひどく日焼けした10歳くらいの少年が二人、黒いビニール袋をひきずり空き缶を拾いながらのろのろと歩いているのが見えるだけだった。

あれは景観維持のためのボランティア活動では絶対に無いだろう。
ああやって何キロも堀を歩いて、一体幾らになるのか。

アイシャは、初めて、生きている人間に死がぴったりと張り付いているのを見た気がした。
あがかなければ干からびて死んでしまう、そして全員が当たり前のようにあがいているのを。

流されるための水も無い川を。
ああして自分の足で流れていくか、照りつける太陽の下で干からびていくか。

アイシャはこの強い日差しの下で、
この非現実のような現実を、
アイシャの中で今までずっと淀んで溜まっていた灰色の雨水がさあっと消えて行くのを橋の上でうずくまりながら不思議な心持でみつめるだけだった。
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# by wakanamei1 | 2006-08-27 21:54 | 小説

6月のお題

お題もの書き2006年06月テーマ企画
「流れる」
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# by wakanamei1 | 2006-06-12 00:07 | 小説

【小説】紅(第1稿)

ずっと。
紅花って赤いのかと思っていた・・・。

目の前に広がる紅花畑はみかんの色だった。
赤というより黄色の、お日様の色だ。


末摘花さんはよく、紅花の自慢をしていた。
故郷では、夏になると一面の花畑でそれはきれいだ、と。
末摘花とは首をひねりたくなるような源氏名だが、元は羽衣という源氏名だったのに、あまりの紅好きに途中から紅にまつわる名前に変わってしまったのだ。本人までいい名だと言って喜んだ。
「ま、せやけど本物の紅なんて見たこともあらへんかったけど」
と、末摘花は怪しげな京言葉で、紅の小さな入れ物を手に満足そうに微笑んでいた。
手鏡を覗き込みながら、よく薬指の先で、小さく整った唇つついていたものだ。
「花が紅になるのんは知っとったけど、村じゃだーれもつけれる人なんておらへん。別世界の話やと思っとった。憧れたー」
「はいはい、『紅一匁(もんめ)金一匁』(1匁=3.75g)やろ?もう聞き飽きたわー。よかったなあ、憧れの生活や」
他のお女郎が混ぜっ返して皆がげらげらと笑い転げると、
「憧れさあ!」
負けずと声を張り上げた。
「夏の紅花畑はそりゃきれいや、けど冬は長いし雪はすごいし、あんたら毎日雪かかんと家から出られへん、なんて考えられんやろ?まあ今じゃもう花だってよう摘まん。あん頃は皮が厚かったからなんともあらへんかったけど、今じゃとげがささってまう」
そう言ってふっくらとした指先を掲げて見せた。
末摘花さん自慢の、荒い農作業をしていたとは思えないような滑らかで白い指先だ。

不思議な人だった。
奥州の奥地からそれこそ紅花と一緒に売られてきた伎楼勤めだというのに、ちっとも苦しそうじゃなかった。愚痴っぽい他の女たちにに比べて、いつもけろりとしていた。
末摘花さんにとって紅は「富と幸福の証」だった。紅皿、紅筆、紅入れと、紅に関わることにならなんでも出費を惜しまず、いつでも手に入る中で最良のものを手にした。そしてそれを隠そうともせず開けっぴろげに自慢してまわった。客にまで言うのだ。
「今日は紅ののりがええから気分がええ」だの「毎日紅をつけとるから冷え性がなおった」だの。挨拶代わりだった。
他愛もなく害も無い可愛い執着であったから、そのうち客の方が面白がって紅入れだの紅板だのを手土産に持ってくるようになった。紅は体に良いと信じて疑わない末摘花さんは大喜びで口と言わず頬と言わずあちこちに紅をつけまくったが、それでも使いきれないほどで、ある時などまだ残っている紅皿を下女の私にこっそりくれたほどだった。
「紅屋が開けるんちゃう?」と女郎仲間に嫌味を言われるほどにたまりにたまったが、それでも末摘む花の紅好きは止むことは無く、やがて紅問屋の旦那連中にまで変わり者の女郎がいると噂されるようになり、ついには紅問屋のご隠居から落籍れることとなった。

何年経っても女郎ずれしない不思議な素直さと無邪気さが魅力となって、地味ながら良客を得ている女ではあったが、店の看板を張るほどの人気があったわけでも無かったのに、紅好きが嵩じてついには紅問屋のお妾か、と皆を唖然とさせたものだった。

末摘花さんは間違いなく、紅で幸福を掴んだ。

私はそれを忘れることが出来なかった。



あれから・・・
女郎屋は潰れ、下女の私は途方に暮れた。

もちろん口入屋に駆け込めば似たような下女の仕事などいくらでもあっただろうが、ずっと一所で住み暮らした者にとって、なんのよすがも無く見ず知らずの所に飛び込むのは恐ろしかった。私は末摘花さんからもらった紅皿を手の中に包んでじっと俯きながら考えた。
ここにいたからって大していいことも無かったけれど・・・。
下女の分際で紅をつけるなんて考えられなかったから、皿はもらった時からこっそり大事に隠し持って、私のお守りのようになっていた。
幸運のお守り。

そうだ。紅花畑を見に行こう・・・。

そこから始まった末摘花さんの、地味だけど間違いの無い幸福にあやかれるように。
そうして初めて私は口入屋に足を運ぶことが出来た。旅費のためにもお金が必要だったから。

そして私は今、紅花畑の前に立っている。
日差しは強く、紅花もまた地上の太陽のような濃い黄色だ。
目の前にある紅花畑は思い描いていたものとは違うものだった。
しかもここは、末摘花さんの故郷でさえない。

だが綺麗は綺麗だった。

末摘花さんが聞いたら呆れるかもしれない。
「あやかるほど福かえ」と。
なるほど、これだけのためにやって来るバカは私だけかもしれない。こんな物見遊山にすらない・・・。
ふふふ、と思わず笑いがこみ上げてきた。

私は花を一つむしり取り、髪に挿して、来た道を再び戻って行った。
末摘花さんとは比べ物にならないほど分厚く丈夫な指には、とげも刺ささらなかった。

(2月11日~)
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# by wakanamei1 | 2006-06-11 23:34 | 小説

【小説】ライオンハート (大人のためのメルヘン)

どうして?

いつもそう思っていた。
でもそんな風に思うのはいけないことだと、いつでも自分を諌めていた。
だってそう習ってきた。
「我々は勇敢でなくてはいけない」「戦うことを恐れてはいけない」「強い心を持って。困難に立ち向かってこそのライオンだ。逃げるなんて卑怯者のやることだ」・・・
我々はまだ半人前のチビで力も弱いけど、たとえ今は辛くても、頑張れば立派な強い大人になれるのだ。自分で狩ができるようになる。
先輩達のように。
よし!頑張ろう!

そうやって仲間と一緒に頑張ってきた。

しかし何かが違う。

走っても、仲間同士でじゃれ合っても、楽しくない。力に差がありすぎて、むしろ辛い。なぜ楽しいフリをしなければならないのだろうか。
狩の訓練はもっと苦痛だった。仲間は嬉々としてやっていた。うまくいっても行かなくてもこれが一番楽しい、生きているといういう気がする、と言っていた。
私は楽しくなかった。怯えて逃げ回るネズミやうさぎを必死で追いかけまわして、やっと捕らえてみると、絶望にみちた目をこちらに向けながら、それでもなんとか逃げ出そうと傷付いた体をよじって暴れるのだ。はっと手を離しそうになる。

しかし我々は、それを哀れんではいけない。

むしろその様子を蔑み、あざ笑わねばならないのだ。「みっともない」と。
「弱いということはみっともないことなんだ。我々は違う。我々は生まれながらにして強く、さらに日々鍛練してさらにもっともっと強くなれる、選ばれた種なのだ」
そう思わなければならないのだ。誇らしく胸を張りながら。

どうして私はそう出来ないのだろう・・・。

私にできるのはそのフリをすることだけ。

一心不乱に狩をやっているようなフリ、巣穴のそばでおどおどと落ち着かないそぶりのネズミをあざ笑うフリ、季節ごとに場所を移動する渡り鳥達を「根性のなし」と軽蔑するフリ。
仲間は日に日に狩の腕が上達していくというのに、私は成長するにしたがってむしろだんだん狩が出来なくなっていった。体もいつまでたっても小さいままだ。
共同体の中で、私の居心地はどんどん悪くなっていった。
役に立たない者と見下げられ、侮られ、えさも回ってこなくなった。
毎日へとへとだったが、それでもこの手でねずみやウサギや群れから離れた生まれたばかりのガイゼルを手にかけるよりははるかにマシだった。
空腹が辛くないわけじゃない。
だけどそれよりももっと辛いことがあるのだと、ああどうしてこれを誰にも言ってはいけないのだろう?誰も分かってくれないのだろう!

私は空腹を水でごまかそうとして水場に行き、こっそり草をはんでみた。

結構食べられるものだった。

その日私は決めた。
もうこれからは草を食べて生きよう、と。群れから離れよう・・・

そう心に決めたその瞬間、ぱっと閃いたことがあった。
もしかして・・・。

ためしに、思いきって毛皮をひっぱってみた。

ライオンの毛皮の下から、別の毛皮がのぞいた。
ライオンの皮はかぶりものだった。

私は、別の動物だったのだ!

なぜ私がライオンの群れの中にいたのかは分からない。
しかし今や私は、ライオンの呪縛から逃れ、ようやく本来の自分として生きられるのだ。

ねずみでもうさぎでもいい。

弱い小動物。かまわない。
だってそれが本来の自分なのだから、ありのままに生きるだけだ。

私は被り物の毛皮を投げ捨て、一目散に駆け出し、巣穴を掘り、堂々と草をはんだ。
遠くでライオン達が「弱虫の卑怯もの。隠れてばかりいないで、かかってこい!」などとバカな挑発をしている。
バカな話だ。
ライオンに素手で立ち向かううさぎがどこにいるか。うさぎはうさぎのできる最善の方法で、身を守るだけだ。警戒を怠らず、危険に近付かず、もしそれでもライオンが狩をしかけてきたら、全力で逃げ出すだけのことだ。
おびえて暮らす。なるほど、そうとも言える。
それでもライオンのふりをして勇敢を強いられる苦しさにくらべればなんでもないことを、真のライオンにはきっと理解もできないことだろう。

私は深く掘った巣穴のすぐそばで、今日も満足して草をはむ。
これからは堂々ライオンに怯えながら暮らす。自分を偽ることなく。

もう生きることに辛くない。
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# by wakanamei1 | 2006-05-27 22:03 | 小説

5月のお題(雑誌公募ガイド)

「十分で読める小説大賞」
2万字(4百字詰め50枚)
「少年」
「階段」
「秘密」
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# by wakanamei1 | 2006-05-09 13:31 | 小説

【詩】灰色の子猫の話

灰色の
紙くずに似た小さな子猫
波のまにまに
浮いては沈む

みじめにふるえる薄い皮には、
灰色の
氷のつぶては痛すぎて

冷たく広い海原に
いつから 浮いているのだろうか
いつから 沈んでいるのだろうか?

あまりに遠くて分からない

寄せては引いてる波の間に
規則正しく
消える頭は

ただただ無心に息を吸う
ただひたすらに息を吐く
ここは 生きれる場所じゃないのに
ここで生きていけるのは、
穏やかな表情で全てをのみこむ 鯨だけ
海の谷間の 化石だけ

ただ命の磨り減るのを
どうしようもなく 過ごすだけ
ただ打ち寄せてくる波に
翻弄される
単純で
残酷な繰り返し

ああ なのになのに
ところが ある日突然に

気の遠くなるような 時の向こうに
意識の向こうからやってきた

白い光だ・・・

輝く 大きな白い帆の
こはくに 揺れる船体の
近づきがたい優雅さの
幻の 奇跡のような船だった

うっとりと 見上げる子猫のまなざしを
受け止めるだけの度量を示し、
幻の 白い帆船は

貴婦人みたいな足取りで、
匂いたつような指先で、
ふわりと子猫を抱き上げた

ああ、その時の子猫の驚きは!

滑らかな甲板の上で、
子猫は 安らかに夢を見る
暖かな日差しを受けて
ふわりとした 綿毛に変わる
夢のような日々だった
子猫は幸福だった
それだけで子猫は 世界一幸せだった






子猫は船が好きだった
子猫にどうすることが出来ただろうか
だって子猫はどうしても
愛しいこはくの船体に、
爪を立てることは出来なくて・・・

ああでは子猫は結局は
溺れるための存在か
ではあの船は
突き落とすために子猫を乗せたのか
うそだ
うそだうそだうそだ・・・

呆然と
船を見送る灰色の小さな子猫は
やがて
ぽっかりあいた
2つの穴から
とめどなく
灰色のものを溢れさせ、

やがて
 一粒の 
  新たな灰色の氷塊となった・・・・

子猫を 一度は乗せたあの船は
大きく帆をはらませて
豊かな風と共に
前進を重ねる
太陽を追って 冷たい波をかきわけていった
忘れえぬ暖かな大陸を目指して・・・
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# by wakanamei1 | 2006-01-22 11:09 |

【詩】ラクダが針の穴に入るよりー天国へ行く鳥ー

炎の鳥は
いつも首を高くもたげ
己の肉体を糧に
蒼然とした夜を独り
とても
苦くて まずくて 辛くて 苦しく
涙を落としては ノドを潤し・・・
ああ!
それでも
とび続けなければならなかった鳥よー!
たとえ 翼が焼けおちようと
復讐の炎を消すことは
許されないことだから
だから・・・
だから?

運命の輪はねじれて
つながり
裏も表も消えてしまった。

ただれた鳥は
すでに海に落ち
二度とはとべない
塩水が傷にしみて体中を巡り
やがて
心臓をとめてしまった・・・
ああ、
ほんのちょっぴりの光があれば
簡単に
息を吹き返すことが出来るのに!

ただれた鳥は すでに沈み
二度と再び
浮かんではこなかった・・・
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# by wakanamei1 | 2005-12-21 00:11 |

【詩】レクイエム

100Wの電球に
Kissしてごらん
そしたら痛みが分かるから
傷だらけの道を歩いているんだよ
病弱なアスファルト
一足ごとにうめくなよ
腕 振り上げる度に
揺れる空気 めりこむ虫
身動きがとれなくなったらどこへ行こう?
へたっと座り込んだ横断歩道
青信号め
ざまあみろ
息切れするまで走った結果はどうだ?
1本のねじが潮風に錆びて
歯車はとまった。
ぎクしゃク ギくシャく ぎこちなく。
腐って 崩れた スクラップは
白い壁の向こうで、入れ代わり立ち代り
再生されていくのかい?
油なんかいらないよ
今が
潮風と同じくらい、好きなんだ
赤信号のほほえみは気に入らないけど
クラクションの鎮魂歌は
めまいがするほど心地よいよ
身動きがとれなくなったらどこへ行こう?
再生不能のスクラップは
紅い煙となって天に昇り
天は
ペッ

煙をはきもどした。
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# by wakanamei1 | 2005-12-20 11:59 |

【詩】死者再生

かなたに響く 歓声や
深くうずめた 慟哭に
冒涜的におおげさな
天つくような十字架を
バベルの代わりに たてましょう
崩れて無様をさらすのは
決して望みで ないけれど
雷火のあかりに震えるよりも
奇跡の朝をあてにする
ご都合主義な うぬぼれが
何より いちばん
許せない
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# by wakanamei1 | 2005-12-20 01:09 |



書きためたものを置く所
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